ヤニーナ・フィアルコフスカ(ピアノ) ショパン・リサイタル  

終了しました

日時 2016年2月3日(水)  19:00 (開場18:30)
料金 【全指定席】 ¥4,500★  学生¥2,500★
出演者 ヤニーナ・フィアルコフスカ(ピアノ)
プログラム
ポロネーズ 第7番 変イ長調 「幻想ポロネーズ」op.61
夜想曲 第3番 ロ長調 op.9-3
即興曲 第3番 変ト長調 op.51
ワルツ 第10番 ロ短調 op.69-2
ワルツ 第5番 変イ長調 op.42
バラード 第4番 ヘ短調 op.52

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スケルツォ 第4番 ホ長調 op.54
前奏曲 第14番 変ホ短調 op.28-14
前奏曲 第15番 変ニ長調 「雨だれ」 op.28-15
3つのマズルカ op.50
スケルツォ 第1番 ロ短調 op.20

★アンコール
  ショパン:ワルツ 第6番 変ニ長調「子犬」op.64-1
        ワルツ 第7番 嬰ハ短調 op,64-2
詳細

巨匠ルービンシュタイン最後の弟子、ショパン弾きとして欧米で高い名声を得るピアニストがお贈りする香り高く気品のあるショパン。

 

ヤニーナ・フィアルコフスカは巨匠A.ルービンシュタインをして「生まれながらのショパン弾き」と言わしめた、カナダを代表するポーランド系ピアニスト。ジュリアード音楽院卒、1974年第1回アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで入賞以来、ルービンシュタインの弟子として、30年以上に渡って国際的に活躍しています。

左腕の腫瘍のため一時両手での演奏活動を中断していましたが、2004年ドイツでのリサイタルで両手での演奏活動を再開、聴衆に勇気と感動をもたらしました。5年に一度のショパン・コンクールイヤーにお贈りするフィアルコフスカのショパン、詩的な叙情とロマンティシズムが香り立つ当代最高のショパンをぜひご堪能ください。

 

 

【Profile】 Janina Fialkowska ,Piano  

モントリオール生まれ。ジュリアード音楽院卒。

1974年、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで入賞以来、ルービンシュタイン最後の弟子として、30年以上に渡って国際的に活躍している。特にショパンとリストのピアノ作品の偉大な演奏家の一人として欧米で高く評価され、新発見されたリストのピアノ協奏曲第3番をゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響と世界初演(1990年)する。巨匠A.ルービンシュタインをして「生まれながらのショパンの解釈者」と言わしめた、詩的な叙情性とロマンティシズムの香り高きピアニスト。

これまでシカゴ響、クリーブランド管、フィラデルフィル管、ロイヤル・コンセルトヘボー管、ロンドン・フィル、イスラエル・フィル等と共演。キリル・コンドラシン、サー・ゲオルグ・ショルティ、クラウス・テンシュテット、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、ベルナルド・ハイティンク、ロリン・マゼール、ズービン・メータ、サー・ロジャー・ロリントン等、著名な指揮者と共演する。2007年レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番を演奏、大成功を収める。日本においては、2008年3月の初来日で大阪フィル定期でショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏し好評を博す。

一時左腕の腫瘍のため両手での演奏活動を中断していたが、それを見事に克服、2004年1月ドイツで行われた復帰リサイタルで両手での演奏活動を再開、聴衆に勇気と感動を与えた。

 

 【CD】  

*  ショパン「マズルカ集(全曲)」(2014年 ATMA)

*  モーツアルト「ピアノ協奏曲第13番&14番 他:室内楽版」(2013年 ATMA)

*  シューベルト「ピアノ・ソナタ第18番『幻想』&第13番」(2013年 ATMA)

* 「ショパン・リサイタルⅡ」(2012年 ATMA)BBC Music Magazine Award 2013【Best Instrumental CD of the Year】
* 「ショパン・リサイタル」(2010年 ATMA)

*  モーツアルト「ピアノ協奏曲第11番&12番:室内楽版」(2007年 ATMA)

*  ショパン「ピアノ協奏曲第1番&第2番:室内楽版」(2005年 ATMA)

*  パデレフスキ「ピアノ協奏曲 他」(2000年 Naxos)

* 「フィアルコフスカ・プレイズ・シマノフスキ」(1996 Opening Day)

 

◆ヤニーナ・フィアルコフスカ インタビュー

2月に本邦初のリサイタルを行うヤニーナ・フィアルコフスカ。今夏行われたロンドンでのリサイタルのあとでお話を伺いました。

    フィアルコフスカさんはカナダのお生まれですが、お父様はポーランド系の方なんですね。

はい、父はポーランド人、母はイギリス系のカナダ人で、フランス語圏のモントリオールで生まれました。母の先祖にはアメリカ先住民もいるので、私にはいろんな血が混じっています。

    音楽的な環境でお育ちになりましたか? 

 母はピアニストで、戦前パリでコルトーの弟子についていました。父はエンジニアでしたが音楽好きでした。で、母は私にピアノを習わせようとしました。最初についたのは、やはりコルトーの弟子で当時モントリオールに住んでいらしたイヴォンヌ・ユベール先生です。彼女は、アムランやロルティなど、現在活躍しているカナダのピアニストを何人も育てたひとです。

 そして17歳でモントリオール大学を出たあとパリへ行き、イヴォンヌ・ルフェーブル先生に学びました。同門にはイギリス人のイモジェン・クーパーなどもいて楽しいクラスでした。それに、何といってもパリで暮らせることが最高におもしろかったのです。しかし母は、ルフェーブル先生は私にとって最高の先生ではないと考えたようです。私にはショパンやロマン派の音楽が向いていましたが、ルフェーブル先生はむしろバッハ、後期のベートーヴェン、そしてフランス音楽がお得意でした。そういう意味ではそのあとついたジュリアード音楽院のサーシャ・ゴロニツキー先生の方が私に合っていたと思います。先生はロシア出身のアメリカ人で、フランス人の先生たちより「美しいサウンド」にこだわりました。フランス人の先生たちの音は、より繊細で鐘のようだったりあるいは霧のようだったりしましたが、ゴロニツキー先生のサウンドはとても響きの豊かなものでした。

    それでいよいよ1974年にルービンシュタイン・コンクールを受けるわけですね。

当時私は22歳だったのですが、先行きがまったく見えませんでした。いくつかのコンクールでそれなりの成績は残したのですが、どれも何の機会にもつながりませんでした。仕方なくロースクールにでも行こうかと考えていました。そこに、カナダのCBC放送局から、イスラエルで行われる第1回ルービンシュタイン・コンクールにカナダ代表として参加して欲しい、費用は全部出すから、という話が舞い込んできました。ルービンシュタインは私の憧れのピアニストでしたし、彼と握手できるだけでもいい、と思って参加しました。結果は、優勝はジュリアードの大親友だったエマニュエル・アックスで私は3位でした。しかし、ルービンシュタインは私の演奏に何かを見出してくれたのでしょう。演奏会のあと「ピアニストとしてのキャリアはあるのか?」と聞かれました。「キャリアなんてありません。ロースクールに行こうと考えています」と答えると、「じゃあ私が面倒を見てあげるよ」と言ってくださったのです。ポーランド系の名前を持っていたことも有利に働いたと思います。で、ニューヨークに帰りロースクールに行くのは止めにして再び演奏活動に身を入れていたら、翌1975年1月に、コンサートツアーでニューヨークに来た彼が本当に連絡をくれたのです。ちょうどカナダに帰省していた私はあわててニューヨークに飛び、それからの一週間毎日、彼の前であらゆるレパートリーを弾きました。そして彼は私の腕を認め、「自分は次の演奏ツアーを終えたら引退するが、その次には君がすべてのホールで同じコンサートをすることを約束させる」、と言ってくれたのです。想像できますか?ほとんどプロとしての経験のない若手ピアニストが、突然フィラデルフィア管やロンドン・フィル、コンセルトヘボウなどと共演することになったのです。リサイタルとコンチェルトあわせて44の公演をルービンシュタインは私に確保してくれたのです。

    ルービンシュタインのショパン演奏はどこが特別だったのでしょうか?

 私が大好きだったのは彼の演奏の貴族的な要素でした。これは現代では説明しづらいのですが、ショパンの頃のパリには亡命してきたポーランド貴族がたくさんいて、そうした人たちがショパンのまわりにいて彼のピアノ音楽を楽しんでいました。ルービンシュタインは、ショパンと交流があったりショパンにピアノを習った人たちを知っていたでしょうから、そういう人たちを通じてショパン音楽の貴族的な雰囲気を学んだのだと思います。彼は、いつも控えめで気品ある態度でショパンを弾いていました。それはとても高貴で、私はこころ惹かれました。

 もうひとつ重要なことは、ショパンの音楽のすべてに流れているスラブ的なメランコリーです。これをポーランド語では「ジャル」といいますが、ノスタルジアと憧れの混じったような感情です。ショパンを演奏するうえでこれを無視することはできません。私は、彼のショパン演奏からこのことも学んだ気がします。

   ご自身のなかにポーランド人の血が流れていると感じることはありますか?

 ええ、あります。彼の音楽を演奏するときあえてポーランド的なものを探し求める必要性を感じないのです。たとえばショパンのマズルカ集を録音したとき、この音で止まるべきかどうかなどと考える必要はなく、ごく自然に弾くことができました。

    日本で演奏されるオール・ショパン・プログラムについて話していただけますか?

 オール・ショパン・プログラムの場合、ピアノソナタを1曲入れることが多いのですが、今回はなるべくバラエティに富んだプログラムを構成してみました。 まずショパンの最後の大曲、ポロネーズ第7番(op.61)で始めます。ポロネーズ半分、ファンタジー半分で全体をうまくまとめるのが難しい曲ですが、大好きなので入れました。 続く小品の夜想曲(op。9-3)は対照的に初期の曲ですが、半音階の多用や不思議な和声、リズムが見られるちょっと変わった魅力を持った作品です。

 即興曲第3番(op.51)はショパンの曲のなかでもっとも好きな作品のひとつです。朝からこの曲を弾いて、一日中弾いていてもまったく飽きません。人生における小さな奇跡のような曲だと思っています。さきほどジャルについてお話ししましたが、この曲の中間部はジャルに満ちています。 続いてワルツを2曲(op.69-2,42)取り上げます。これらはアンコールとしても弾くことがありますが、即興曲とバラードのあいだで気分を明るくするために選びました。

 前半の最後に演奏するバラード第4番(op.52)についてはもう何も申し上げることはないでしょう。ショパンの作品のなかのベスト3のひとつだと思います。

 スケルツォ第4番(op.54)はルービンシュタインにみてもらった最初のショパン作品なので、解釈には自信があります。他の3曲のスケルツォとはかなり異なった雰囲気を持っています。素晴らしい中間部をもっていて私は大好きです。

 次に前奏曲ですが、以前はよく24曲をまとめて弾いていました。今回はとくに気に入っているものを2曲(変ホ短調、変ニ長調)選びました。

 マズルカについては全曲録音しています。ショパンのエッセンスがつまった曲種だといえます。どれをとっても彼そのものです。今回は「3つのマズルカ」(op.50)を選びましたが、とくに第3曲は本当に素晴らしく心奪われます。

 このリサイタルをスケルツォ第1番(op.20)で締めくくるのは華やかな技巧を披露したいからです(笑)。中間部に使われているクリスマス・キャロルも含めて大好きです。ただ、速く弾きすぎないようにしないとルービンシュタインに叱られますので気をつけます(笑)。

    どうもありがとうございました。

 

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